神田家の朝は比較的早い。
なぜなら、家の主人であるユウが鍛錬のために朝からランニングをするためだ。
それでもユウがランニングを終え、家に帰ればすでにが起きて朝食を作っていたりする。
二人が結婚する前から毎日そうだったが、今日は違った。
いつもはキッチンにいるはずの人物がいない事に気づき、まだ寝ていると考えたユウはを起こすために寝室へ向かう。
「おい、起きろ。 朝だ。」
「んー…。 ……あれ、ユウ…?」
ユウに起こされたは、目をしばしばさせてまだ眠たそうにしていたが、やがて意識がはっきりとしてきたのか、バッと起き上がっていつも二人が寝ているダブルベッドのそばにあるナイトスタンドの上の置時計を見る。
そこでようやく、いつもよりも大幅に寝過していることに気づく。
と言っても、まだ六時半だけれども…。
「ごめんね、ユウ! 寝坊しちゃった…。」
「気にすんな。」
「すぐ朝ごはん用意っ…」
「っ!?」
ユウが走りこみをしている間も自分はぐうすか眠りこけていた事が申し訳なくて、は急いでベッドから起き上がり足を一歩踏み出すが、視界がグラグラと揺れその場で崩れ落ちる。
しかし、ユウが持ち前の反射神経で、何とか倒れこむを抱きとめた。
「どうかしたのか?」
「…なんだか体が重いみたい。」
「はぁ? 『みたい』って何だよ……。
熱でもあんじゃねェのか? 体温計取ってきてやるから横になって待ってろ。」
「え? いいよ、ほんの少し体がだるいだけだから…ってユウ!!」
遠慮するの声を無視して、ユウはひょいっとを抱き上げる。
そのまま一歩進んでをベッドへと戻し、今だ抵抗するをスルーして体温計を求めて寝室を後にする。
「37.5度…微熱だ。」
「ホラ…、ね? これくらいなら平気だよ?」
「さっき立てなかった奴が何言ってんだ。」
「でも…。」
「でも、もへったくれもねェ。 …せめてオレが家出るまで休んでろ!」
「…わかった。」
……とは言ってみたものの、一度目が覚めてしまったので、いくら目を瞑っても一向に眠気がやってこない。
仕方がないので、上半身だけを起こして雑誌を読むことにした。
(……部屋でてったまま戻って来ないけど、ユウなにしてるんだろ?)
(掃除、とか…? ユウと掃除機……うわ、ミスマッチ!!)
(朝ごはんまだだから作ってるのかな…? でもユウ、ソバ料理しかできないのに…。
それにエプロン…クマちゃん柄なんだけどなぁ…。 着けてるのかなぁ…クマちゃん。)
パラパラと雑誌をめくってはいるが、の思考は自分に休めと言って部屋を出て行ってしまった、ユウの事を考えている。
考えている内容はどれも失礼なことばかりだが…。
パラパラとページをめくる音だけが続くだけでとても静かな部屋に、突如携帯の着信音が鳴り響く。
が携帯を手に取り、画面を見れば中学校来の親友からであった。
「もしもし、美衣?」
「あ、! 久しぶりねー。」
「そう言えばそうね、美衣忙しいもの。」
「そうなのよー…って、そーじゃなくって、熱出したらしいわね。」
「えっ!? どうして知ってるの?」
「あんたのダンナから電話があったのよ。」
「ユウから…?」
「『オイ、粥ってどうやって作んだ。』ってエラソーに聞いてきたわ。」
「そう、なんだ…。」
わざわざ自分のために、あのプライド高いユウが他人に物事を尋ねてくれた事に、の心がジワリと温かくなった。
それに嬉しさから、かなり頬の筋肉がゆるむ。
はあいている方の手をゆるんだ頬を隠すようにして当てる。
「でも、アイツがそこまでするなんてね。 少し見直したわ。」
「ふふっ。 だって私の旦那様だもん。」
「あー、ハイハイ。 惚気なんて聞きたくないわ。
まぁ、なんにせよ元気そうでよかった。」
「心配してくれて、ありがと。 朝早くにごめんね?」
「そんなこと気にしてないで、元気になったら電話しなさいよ。 二人でどっかお茶しに行きましょ?」
「うん。 じゃあまた連絡するね。」
久々の親友との電話。
思ったよりも長い間会話していた様で、電話を切ってそう経たない内にユウが小さなお鍋片手に、部屋に入ってきた。
「コレ食って、薬飲んで寝ろ。」
「ユウが作ってくれたんだ?」
「………あぁ。」
「ありがとうね。」
「別に…。」
先ほどの電話ですでにユウがお粥を作ってくれた事を知ってはいたが、本当の事を言えば暴れかねないので、は知らないふりをして尋ねる。
すると照れているのか、ユウはそっぽを向いて肯定する。
目を合わせてくれようとしないユウを見て、はクスクスと笑いながらふたを開ける。
ほわんと湯気がたつその鍋の中には、なぜか大量にネギが投入されていて、まるでネギ粥のようになっていた。
本人いわく、ネギは熱を出したときにいいそうで、それでも限度があるような…とは思ったけれど、味の方は意外と文句なしであったのであえて何も言わなかった。
すべて食べ終え「おいしかった。」と言えば、「あたり前だ。」と返事が返ってきた。
非常にわかりづらいが、ユウはどこか嬉しそうな表情をしていた。
いつもよりほんの少し目尻を下げて、嬉しそうな顔をしている自分の旦那を見ては、やっぱりこの人と一緒になってよかった。と心の底から思える出来事となった。
END
(エプロン…これしかねぇのか…? ………チッ。)
走り込み…何着てるんでしょう……?
ジャージ…?
………んー…、似合わない。
『お隣さんは見た。』
top
『なんだかんだいって』