I Cannot Thank You Enough. 05




(あったけー…)



ここ最近、ソファで仮眠をとるだけだったオレにとっちゃ久々のベッドでの睡眠。
腕の中でモゾモゾと動く、あたたかい存在にじわじわと落ちていた意識が戻ってくる。
でもまだベッドが名残惜しくて、目をあけることなくまどろむ。



(あー… 起きたくねぇ…
今日もまた室長に仕事しろって追いかけまわさなきゃ…

いや、でも今日はの事もあるし、休みくれたんだっけ)



うだうだと心の中で愚痴っていると、腕の中に何かがすり寄ってくる感触がする。



(の奴また中に入ってきたのか…
間違って押しつぶちまうかもしれないから止めろって言ってるのに

…まぁ、そんなこと言っても可愛さに負けて結局許しちまうけど)



そこでふと頭の中で『』の文字が引っかかる。



(  ………って、「!?」



そうだった!
すっかり忘れていたけど、昨日は猫のじゃなくなったんだった。


そのことを思い出し、夢半分だったオレの脳がすっかり覚醒した。
目を開ければ、すぐ近くにがこっちを向いて寝ていた。
しかもその腰にはオレの腕が回されていた。



「何やってんだオレ…」



寝ている間の行動とはいえ、ちゃっかりとなまされた自分の腕にあきれ果てる。

しかも、男にとっては“おいしい”この状況。
仕事が忙しく、女の子と遊ぶ暇なんて皆無で、しばらくご無沙汰だったオレの体(…というか下半身)が反応しないわけもなく……



「……トイレ」



どこまでも素直な自分の体に虚しさを覚えながら、ベッドから這い出る。










トイレで用を済ませた後、のために車イスを借りに部屋を出る。
どうして車イスかというと、いつまでもオレがを抱えて移動するわけにもいかないからだ。

カラカラと誰も座っていない車イスを押して部屋へと戻る。
途中で、昨日オレが抱えていた裸に白衣のあの子は何なんだ、と質問が飛んできたけれどすべて無視してひたすら歩く。



(さて、これからどうしようか…)



室長の作った妙な薬のせいで、猫から人間へと姿を変えてしまった
しかも、薬は(作った本人いわく)未完成だったらしく、人の姿のみかけに反して中身は話すこともできず、赤子同然だった。


そんなには教えなきゃならないことは山のようにある。
何から手をつければいいのやら…
幸いにもこちらの言葉は理解できるようなので、それはかなり助かる。


会話…はできなくともジェスチャーでなんとかなるか…?

そうなりゃやっぱ、自分の世話ができる位は体を動かせる様になってもらうか…
何もかも付きっきりってのは無理だしな…

たくさん教えなくちゃならない事があるが、なにぶん時間がない。
には悪いが、スパルタ式にいかせてもらおう。










書類やら資料やらで溢れかえったオレの部屋に車イスを置くことは不可能なので、いったん部屋の外に置いておく。

そしてオレが扉を開けると共に、ドシ バサバサという音が…



「なんだ…?」



不思議に思って決して広くない部屋を見渡せば、ベッドの近くの床に資料に埋もれているがいた。

どうやったらこうなるんだ…
呆れながらの上に乗っている物をどかす。



「大丈夫か? 一体何が…って、ぅお!」



寝癖がついた髪の毛を直してやれば、うつむいたまま動かなかったが勢いよくオレの腰辺りに抱きついてきた。

どうしたのか尋ねても低く唸るだけで、なにがあったのか全くわからない。
無理やり引き離して顔を覗き込めば、ポロポロと涙を流していたので思わずギョッとする。



「ど、どうしたんだ? 怖い夢でもみたのか?」

「う゛ー」

「どこかぶつけて痛いのか?」

「う゛ー」

「お腹が空いたとか…?」

「ん゛ー…」



(…がさっぱりわからん!)



がどうして泣いているのか全くわからない。
その目から流れる涙を親指で拭ってやっても、とまることはない。



「ほら、今日はずっと一緒にいてやるからもう泣くな、な?」



アワアワと慌てふためくオレの口から出たとっさの一言の何処かに満足したのか、すんなりと泣き止んだ。



(ネコ心が難しい…)























「それじゃあ今日は、体を動かせる様に特訓しようか」

「あー!」



を乗せた車イスをカラカラと押してたどり着いた先は鍛練場。
何処か広い場所を探し求めた結果がここで、一人先客がいたが隅っこを借りるぶんには問題ないだろう。




地べたの上にを座らせまずは軽くストレッチ。
そして図書館で見つけた『私と老人、そしてリハビリテーション』を参考にのリハビリを始める。

…ちなみに本の内容は、年のせいで不自由になった体をリハビリによって若返りさせる。といった内容だった。









グーパーと手先の運動で手を握ったり開いたりをと一緒に繰り返す。

そういえば、前々からに聞きたい事があったんだった。



「なぁ、…」

「?」



が不思議そうな顔でオレを見る。



「オレとが初めてあった日のこと覚えてるか?」

(コクコク)

「あの日、怪我をして弱ってたお前を何の考えもなしに連れて帰ってきたけど………」

「…?」

「その…、連れてきちまってよかったのか?」



オレの言いたいことが伝わらなかったのか、は首をかしげている。



がいたあの場所に未練があったら悪かったなと思って…

もしあの場所へ帰りたいと思うなら、ちゃんと言えよ?
と出会ったあの場所まで連れてってやるから」

「!」



もしかしたらにはちゃんと可愛がってくれる飼い主がいたのかもしれない。
そうでなくても、あの場所を恋しがっているかも…


実はを連れ帰ってから、ずっとこの事が気がかりだった。
もし帰りたいと頷かれてしまったら、すごく悲しいがのためを思って、もといた場所へ帰すつもりだった。

けれどもはブンブンと頭を大きく横に振った。
オレの勝手な解釈かもしれないが、それはまるで『イヤだ』と言ってくれているように見えて、オレはホッと息を吐く。



「じゃあ、これからもオレのところにいてくれるか?」

「ん!」(コクコク)



オレの問いかけに笑顔で頷いてくれたに、少し照れくさくなる。

いままでの気持ちを確かめる事が出来ずにいたけど、こうしてに聞くことができたのは室長の妙な薬のおかげだ。
オレは心のなかで少しだけ室長に感謝する。











のんびりとリハビリを進めながらとの会話を楽しむ。
…といっても、が喋れないので正確には会話でなく、オレが質問してがイエスかノーを首を振って答える感じだが。



「リーバー班長!」



バタバタという足音と共に呼ばれた自分の名前に、オレはすごく嫌な予感がした。
恐る恐る後ろを振り向けば、走ってきたのか息を切らしたオレの部下が切羽詰まった様子でいた。



「どうした?」

「コムイ室長が…」

「室長が…?」

「その、室長が作った『コムリンJr』が研究室内を暴走していまして…」

「はぁ? …何やってんだあの人は!」

「私たちではどうすることも出来ないので、班長に助けていただきたくて…」



昨日のの件でオレに休暇をくれるくらいだから、少しは反省してくれたのだと思ったんだが、どうやらそんなこともなく、またおかしなものを作りだした室長に怒りのあまり額がピクピクする。



悪いな…
そういうわけだからオレは行かなきゃならん…

そこにいる奴に頼んで、お前をオレの部屋まで連れて行ってもらうから、オレが戻るまで部屋で待っててくれるか?」

「うー…」

「すぐに終わらせてくるから… ゴメンな?」

「…」


じーっとオレ達のやり取りを見ていたに、一緒にいられなくなったことを告げれば心なしか悲しそうな顔をして、オレの言葉に頷いてくれた。

この先もう滅多にないと思われる、とのゆったりとした休息。
の頭をなでて、名残惜しいがちょうどそこにいた人物に足早に用件を告げて、悪の元凶の元へと向かう。



「今日という今日は…」


(絶対に許さん!)


















こうして休暇を言い渡した本人によって、オレの平和な休暇が終わってしまった。


















Lesson No.1 …強制終了。