Ver.Jerry





バレンタイン前日。
明日のバレンタインに向けては、マフィン作りの監督をしてもらうために、ジェリーと二人厨房にいた。



「ごめんね、ジェリー。
せっかくお仕事終わったのに引き止めちゃって…。」

「気にしなくていいわよ。 の頼みならいつでも大歓迎なんだから。
それより、アタシの方こそごめんなさい、こんな夜遅くになっちゃって。」

「それこそ気にしないで。 これ、次はどうするの?」

「それはさっき溶かしたチョコを、全部そのボールの中に入れて。
それからよーくかき混ぜてちょうだい。」

「ハーイ。」



ジェリーに指示された通りに、湯せんで溶かしたチョコを今まで混ぜていたボールに移し、さらに泡だて器で混ぜる。
しばらくすると、溶かしたチョコが冷えてきたのか、混ぜている生地がだんだんと重くなり、混ぜるのに必要な力が強くなる。
そうなると器用に混ぜながらジェリーと会話していたの口数が減ってくる。



「少し代わりましょうか? 腕ツライでしょ?」

「んーん…、大丈夫。
最後まで自分の力で作りたいの。」

「そう…。

相手の男は幸せ者ね。
の愛情がたっぷり詰まったマフィンがもらえるんですもの。」

「だといいなぁ…。 ちゃんと受け取って貰えるかな?」



少し不安そうな表情で弱音を吐くに、ジェリーはの背中をポンと叩いて元気づける。



「受け取ってもらえなかったらアタシに言いなさい。 その男をひっぱたいてあげるわ!!」

「ふふっ。 ありがと。」



体の前で握りこぶしを作り、そう高らかに宣言するジェリーに、は思わず笑顔になる。



は笑顔が一番なんだから、しょげてないでそうやって笑ってなさい。」

「うん!!」

「もうそのくらいでいいわ。
次はそれをカップに入れて、オーブンで焼くだけよ。」

「いよいよ大詰めってところですか。」

「そうよ。 ホラ、慎重に入れないと…。」

「あーーーー!?

………ジェリー…。 こぼれちゃった…。」

「だから言ったでしょ。 いい? こうするの。」



忠告したばかりなのに失敗してしまったに、ジェリーはため息をこぼしながらの後ろに回り、 の手を包むようにして持ち、コツを教える。



「こうして、スプーンに生地を添わすようにしてたらせば、こぼれないのよ。 わかった?」

「う、うん…。」



慎重な作業をしているせいか、いつもとは違った少し低めの声が耳のすぐ後ろから聞こえ、は思わず身を固くする。
それから何ともぎこちない動きではあったが、カップに生地を入れ終え、オーブンの中に入れてタイマーをセットする。


マフィンを焼いている間にも、二人は休憩することなく今度は片づけに取り掛かる。
スポンジでこれでもかというくらい泡をたて、途中が泡を飛ばして遊んだりしながら、使ったボール等をゴシゴシと洗う。
最後の調理器具を洗い終え、布巾で水気を拭き取って元の場所へと片す。
それと当時にタイマー終了の軽快な、チンという音がキッチンに鳴り響いた。

やけどをすると危ないからとジェリーが天板を取り出し、先ほどまで生地を作っていた調理台の上に置く。
その上にはキレイに膨らんでいて、とても美味しそうなマフィンが並んでいた。



「ところで、この二つだけ型の色が違うけど…?」

「青い色はいつもお世話になってる人用で、赤色は本命の人用なんだー。」

「やっぱりそうなのね。」

「本当は彼のイメージの色にしようかなと思ったんだけど、『愛』の色はやっぱこの色かな?…って。」

「幸せそうな顔しちゃって…。

早くそれラッピングしちゃいなさい。
アタシはその間にこの天板片しちゃうから。」



そういてジェリーは天板をさっと水で洗い、もとあった場所へと戻す。

ふとの方を見れば、ちょうどハートがプリントされた袋に、例の赤い型のマフィンを入れラッピングしている所だった。
ジェリーがそのままシンクにもたれかかってその様子を見ていると、はラッピングし終えたものを色々な角度から眺め始める。

やがて満足したのか、は「できたーーー!!」と大きな声で叫ぶ。



「どれどれ、見せてごらんなさい。」

「はい、これ…。


………どう? 変なとこない?」

「大丈夫、完璧よ。 自信持って行きなさい。」

「やったー。 ありがと、ジェリー!!」



無事に完成したことが余程嬉しかったのか、は出来上がったばかりのプレゼントを手にしたまま、ジェリーの腰辺りに抱きつく。
のこの行動にジェリーは一瞬固まったが、すぐにの肩に手を置き離れるように促す。



「っ!! ハイハイ、わかったから早く離れなさい。」

「?」



ジェリーの言葉には不思議そうに見上げるだけで、離れようとしない。
何もわかっていないであろうの様子に、ジェリーの口からは思わずため息が出る。



、こんな夜中に、しかもほかに誰もいない様なところで(仮にも)男に抱きついちゃダメでしょ?
なにされても文句は言えないわよ?」

「………?

だってジェリーだもん。 ジェリーはそんなことっ…」



のまるで自分の事を男だと思っていないかの様な言葉に、ジェリーは思わず自分の唇での口をふさぐ。



「どの口がそんなこと言うのかしら。

どこの誰にあげるのか知らないけど、好きな子が他の野郎のために可愛い顔して一生懸命マフィン作ってんの見て、内心ムカムカしてんだから。」

「えっ? なっ…、えぇっ…!?」

「アタシも野郎だってこと忘れないでよ?」



言いたいことを言えて満足したのか、ジェリーはにさっき完成したばかりのラッピングされたマフィンたちを持たせ「アタシに襲われない内に早く部屋に戻りなさい。」と、まだ混乱しているの背を押して厨房の外へと追いやる。
混乱のあまりに頭の中が真っ白なは「えっ、あ、うん…。」と、よくわからない返事を残して走り去っていく。




















結局、昨晩のジェリーの事が頭から離れず、本命の彼にマフィンを渡すことができずに、のバレンタインデーが過ぎ去った…。












END





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